マンスリーコラム

こんにちは 新くりにっく院長新です。

令和元年になりました。そして当クリニックもこの5月に5年目に突入します。
日頃から患者さま、地域の皆さま、関係者の皆さまには、 ご支援いただきまして誠にありがとうございます。
心から感謝いたします。

この節目に当法人、医療法人社団新内科医院の理事長を交代する運びとなりました。これまで父が理事長として新内科医院、新くりにっくをけん引してきてくれておりましたが、交代させていただくことになりました。とはいえ変わらず父は、新内科医院の診療に従事していきますので引き続きご支援、ご指導のほどよろしくお願いいたします。

 

理事長 新正浩より退任ご挨拶

この度、新たな時代の幕開けとともに当法人の理事長を退任いたします。

この白山市西柏町に開院しまして40年あまり、沢山の患者さま、地域の皆さまに支えられた年月でした。医療法人化しましたのは、30年あまりですが、ここで少しその前身である曾祖父、祖父や父の事を書き残させていただこうと思います。

私どもの道すじは、石川県小松市で田舎医者であった曾祖父 新源松から始まります。祖父 新次郎吉は、今の金沢大学の前身である金沢医療専門学校を明治43年(1910年)に卒業いたしました。その後、大正の初め石川県小松市ふらま村に『新醫院』を開業いたしました。呼ばれれば昼夜を問わず山深くにでも往診に出向き、村の人々に大変慕われた田舎医者だったと今も話してくれる方がおりました。

その後、父 新正夫は、同市美川町に『新歯科医院』を開業いたします。そしてわたくし、新正浩が昭和55年(1980年)に同市西柏町に『新内科医院』を開業させていただきました。この開業のきっかけは、祖父次郎吉をみとったことが大きな決め手となりました。

当時、金沢大学の医局員として勤務していた私は、祖父の臨終に呼ばれました。そのとき、祖父は91才で、その前日まで診療し、自身の医院で朝方倒れていたのです。その連絡をくれたのは、前日投薬された薬を取りに来た患者さまでした。そんな中、その祖父次郎吉の最後の脈をとりました。今も鮮明に私の記憶の中にある光景です。当時は、今より医者患者の垣根のない時代だったのでしょうが、地域に根付く田舎医者のうらやましい程の最後だと感じました。

そして、私も田舎医者となり後任者に伝えたいことは、「患者さまは、医者の教科書である」ということです。

後任には、長男 浩一が就任いたします。
次期理事長にもこの気持ちを忘れないよう邁進してくれることを期待しております。

今後とも変わらずご指導、ご鞭撻の程よろしくお願い致します。

 

医療法人社団新内科医院
理事長  新 正浩

祖父 新 次郎吉とハル

 

 

このページの先頭へ